いつものe-ATネタの投稿ではなく、きわめて私事で恐縮ですが...
2021(令和3)年3月31日付けで福岡市立学校教員を退職しました。
退職の辞令
2020年11月に満60歳になりましたので、いわゆる定年退職です。
1983(昭和58)年3月に福岡教育大学を卒業して、その年の4月1日付けで福岡市立学校教員となりました。
最初に奉職したのは中学校で、6年間勤務した後、その中学校で担任した男子生徒(痙直型脳性まひによる肢体不自由)との出会いがきっかけで、1989(平成元)年から障害児教育の世界に足を踏み入れました。
その後、福岡市立今津養護学校に7年→福岡市立南福岡養護学校に7年→福岡市立東福岡養護学校に1年→福岡市立養護学校「博多高等学園」(途中、福岡市立特別支援学校「博多高等学園」に校名が変わりました)に7年→福岡市立南福岡特別支援学校に6年→福岡市立今津特別支援学校に4年...と合計38年間の教員生活でした。
今津特別支援学校の全景
この38年の間には、NHK教育の番組に出演させていただいたり、新聞各紙に取り上げていただいたり、文部省の派遣でアメリカ合衆国に約3ヶ月研修させていただいたり、文部科学大臣優秀教職員表彰を受賞したり、書籍や雑誌の原稿を多数かかせていただいたり、全国各地で講演やセミナー・ワークショップをさせていただいたり...たくさんの経験をさせていただき、良い思い出に恵まれました。
構内掲示板
これもひとえに、在職中に出会った子どもたち、その保護者・家族の皆様、一緒に働いた同僚の皆様、仕事の上で知り合った皆様、そして家族に支えていただいたおかげです。
この場を借りて心より感謝申し上げます。

いつもお世話になっている島根大学の伊藤 史人さんが2021年3月29日のブログ記事で私の定年退職を祝ってくださいました。
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【祝・定年】福島教諭、おつかれさまでした!
第1回九州e-AT研
特別支援教育に携わる中で、いつも考えていたことがあります。
それは、1989(平成元)年に今津養護学校で出会った先輩から言われた次の言葉です。
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「肢体不自由教育とは、子どもたちが◯◯したいと思う心を不自由にさせない教育である」

この言葉を具現化するために「福島くん、君はコンピュータをやりなさい」と言われ、その日以来、Assistive Technologyの活用に取り組み、広く情報を発信してきました。
視線入力セット
幸い、最後に奉職した今津特別支援学校では、たくさんの心ある後輩に恵まれ、私の知識とスキルを託すことができました。
熱心な後輩と一緒に撮ってもらった写真
きっと、彼女ら彼らがより良い教育をしていってくれるものと期待しています。

今日からしばらくの間は心と身体を休めて充電しようと思っています。
コロナ禍が終息した暁には、どこかでお目にかかる方々もいらっしゃると思います。
その時はよろしくお願いいたします。

なお、1日1記事を投稿してきた当ブログですが、定年退職を機に《徒然なるままに》投稿しようと思っていますので更新頻度が低くなりますが、ご容赦ください。

では、また!