2025年3月19日のブログ行ってきました!DonTAC学習会①〜【肢体不自由教育におけるe-AT活用について考えてみませんか】というタイトルで講演させていただきましたの続編です。
15分も押してしまったSamの後は、今月末日で北九州市立学校を定年退職される本田 誠三さんの講演です。

会場で借りたプロジェクターの輝度の関係で室内を暗くする必要がありました。
そんな状態で撮影しましたので本田さんの姿がよくわかりませんね。
そこで、本田さんがプロジェクターで投影したスライドを一部紹介します。
Sam同様本田さんが主催者から依頼された内容は「後輩へのメッセージ」ということでしたので、【今日皆さんにお伝えしたいこと】というタイトルになっています。

中学校の技術・家庭科教員として教員生活をスタートされた本田さんが特別支援教育の世界に入ったのは1998(平成10)年のこと...
その翌年に担当したA.N君との出会いが、AACやe-ATの活用に繋がったそうです。

内言語は豊富ながら意思の表出・伝達がうまくできなかったA.N君に対して、当時の教員たちは赤ちゃん扱い...
それをなんとかしたいという思いで参加したのが1999(平成11)年10月に北九州市テクノエイドセンター(現 福祉用具プラザ北九州)で開催された畠山 卓朗さんの講演。

その時に畠山さんから教わった3つのことを信条として、これまで特別支援教育におけるAACやe-ATの活用に取り組んでこられたそうです。

そして、群馬県の松本 廣さんとの出会いから「もっと仲間を増やしたい」という思いが強くなり、さらに松本 廣さんから「どんな状況にあっても、自分の得手の道を捨ててはいけない」と励まされたことをきっかけに人的ネットワークを作ることになったそうです。
この頃、本田さんとSamは出会ったんですよね。

今年3月いっぱいで公立学校教員を定年退職する本田さんは、「いつまでも種を蒔くひとでありたい」という畠山 卓朗さんの言葉を胸に刻みながら障害者・児への支援を続けていかれるそうです。

今日のところはココまで...
15分も押してしまったSamの後は、今月末日で北九州市立学校を定年退職される本田 誠三さんの講演です。

会場で借りたプロジェクターの輝度の関係で室内を暗くする必要がありました。
そんな状態で撮影しましたので本田さんの姿がよくわかりませんね。
そこで、本田さんがプロジェクターで投影したスライドを一部紹介します。
Sam同様本田さんが主催者から依頼された内容は「後輩へのメッセージ」ということでしたので、【今日皆さんにお伝えしたいこと】というタイトルになっています。

中学校の技術・家庭科教員として教員生活をスタートされた本田さんが特別支援教育の世界に入ったのは1998(平成10)年のこと...
その翌年に担当したA.N君との出会いが、AACやe-ATの活用に繋がったそうです。

内言語は豊富ながら意思の表出・伝達がうまくできなかったA.N君に対して、当時の教員たちは赤ちゃん扱い...
それをなんとかしたいという思いで参加したのが1999(平成11)年10月に北九州市テクノエイドセンター(現 福祉用具プラザ北九州)で開催された畠山 卓朗さんの講演。

その時に畠山さんから教わった3つのことを信条として、これまで特別支援教育におけるAACやe-ATの活用に取り組んでこられたそうです。

そして、群馬県の松本 廣さんとの出会いから「もっと仲間を増やしたい」という思いが強くなり、さらに松本 廣さんから「どんな状況にあっても、自分の得手の道を捨ててはいけない」と励まされたことをきっかけに人的ネットワークを作ることになったそうです。
この頃、本田さんとSamは出会ったんですよね。

今年3月いっぱいで公立学校教員を定年退職する本田さんは、「いつまでも種を蒔くひとでありたい」という畠山 卓朗さんの言葉を胸に刻みながら障害者・児への支援を続けていかれるそうです。

今日のところはココまで...
コメント